ピエロが繋いだ縁 


 私には今すごくハマっているものがある。アイドルグループドンキホーテのメンバーで随一のドジっ子コラソン、通称コラさん。歌おうとすればマイクを落としステージを降りる階段では転げ落ちトーク番組では何も無いところで転け司会者の人を巻き込んで大変な騒ぎになった。
 それでも人気があるのは甘いルックスと憎めない可愛らしい笑顔、それに歌う時の真っ直ぐな顔は精悍な顔を引き立たせている。たまに見せる素顔は普段のピエロみたいなメイクとのギャップもあり胸をときめかせた。
 当然コンサートチケットの倍率も相当なものだ。だから今回手に入れられたのも奇跡に近い。

「一生分の運使っちゃったかも……」

 何度も家に届いたチケットを取り出して眺め、カレンダーに大きく赤丸が書かれたコンサートの日に思いを馳せる。今どきのQRコードを読み取るタイプのチケットじゃなく紙のチケットなのも個人的にポイントが高い。思い出になるからだ。チケットに印字されたコンサートのテーマである遊園地のイラスト。コラさんと遊園地に行く場面を想像してはニヤけた。無論一人で行く心細さはあるものの、それ以上に楽しみが勝る。

「当日、何着ていこう」

 コーディネートを考える後ろで流れるコラさんの歌声に合わせ鼻歌交じりでタンスの中身をひっくり返した。どうせならコラさんをイメージした服で行きたい。薄いピンクのシャツを引っ張っりだして体に当てる。メイクもこだわらなくては。あのピエロメイクは難しいけど真っ赤な口紅を引けば多少それっぽく見えるだろうか。





 会場入りが始まってすぐ入場し、いる訳がないのにコラさんの姿を探しながら席に着く。今は便利になったもので、コンサートグッズは事前にオンラインで買ってコンサートの日までに届く仕様になっている為私も事前に買っていたタオルとうちわ、ペンライトを取り出す。
 最初は良いのか悪いのかよく分からなかった席も座ってみればステージがよく見えた。
 一時間もしないうちにあのステージで歌い踊るコラさんが見られるんだと思うと自然足が揺れる。周りも随分賑わってきてそれも熱を高める要因になった。ざっと見渡す感じ、女の子が八……いや九割かな。男性アイドルを応援する男の人って少ないよね。連れと話す女の子が多い中一人の私は手持ち無沙汰と興奮を逃がす手段としてパンフレットを読み込む。丁度コラさんのコメントが掲載されているページだ。大きく映った彼の笑顔が眩しい。

「今回のコンサートでは機材を壊さないよう……。ふふっ、コラさん出来るのかなあ」

 毎度毎度コラさんは信じられないドジを踏むため機材の損傷は避けられないのが常なのだ。それも含めてコラさんの魅力なんだけど。
 ――あ。
 今隣に座った人も同じページを見ている。いつもの私ならここで声をかけることは絶対にしない。恥ずかしいのもあるし知らない人にいきなり声をかけられるとびっくりするよね、という気持ちがあるからだ。それなのに声をかけたのは会場の熱気とバックグラウンドで流れる曲に後押しされたせいだ。高まる気持ちを抑えられず「貴方もコラさんのファンなんですか?」と弾む声を投げた。

「あァ、アンタもか?」

 返ってきた声に驚いて顔を上げる。そこには隈の濃い端正な顔立ちの男の人が座っていた。パンフレットのページに気を取られすぎて勝手に女の子だと思い込んでいた。よく見れば服の上からでも分かるほどがっちりとした体型をしている。途端に緊張が襲って背筋を伸ばした。

「は、はい。かっこいいんだけど、すぐドジっちゃう所とかほっとけなくて可愛いな……って」
「そこがコラさんのいい所でもあるんだよ。まあ機材の損傷される方はたまったもんじゃないだろうが」
「それでも許しちゃうんですよね」

 驚いたのは最初だけで開演の合図を告げるブザーが鳴るまでずっと男の人と話し込んでいた。彼もかなりのコラさんファンで初対面だというのに話が途切れるどころかおおいに盛り上がった。ステージから降り立ったコラさんが近くまで来たのには二人とも大興奮で思わず手を合わせて感動を分かちあった。
 公演が終わった後に自然とそのまま飲みに行く流れになり、乾杯をしたあたりでそういえばお互い名乗ってもいないことに気づき改めて挨拶を交わした。

「ローさんはいつからファンに?」
「結成されて割とすぐだな。たまたまつけたトーク番組で盛大にやらかしてんの見て最初は大丈夫かと思ったもんだが……。まあ愛嬌って言うんだろうな。いつの間にか目で追ってた」
「ふふ、分かります。初めて見た時は驚いちゃった。そんなドジある? と思えるようなことばかりするんだもの」

 本当に彼はメイクの通りピエロみたいな人だと思う。それは勿論悪い意味じゃなくて、サーカスで活躍するような……人を笑わせてくれるような人。

「私、落ち込むと必ずコラさんの映像を見るんです。撮りためたテレビ番組だったり、ファンクラブの動画だったり、CDの特典映像だったり……そうすると、見終わった後に元気な私がいる」
「おれもだ。仕事柄どうしても明るいばっかじゃいられないんでな。そういう意味じゃ大分救われてる」
「お仕事、そんなに大変なんですか?」
「ああ、医者だ」
「えっ、お医者さん!? すごいじゃないですか、それは大変ですよね……」
「でも、コラさんを応援してると忘れられる」
「大事ですよね、ずっと仕事のことばっかりじゃ疲れちゃうもの」

 コラさんの話題を肴におつまみをつまむとどんどんお酒のジョッキが空になっていく。お互いグラスが空いたら頼むかと聞いたりと気遣いあってるうちにどんどんペースが早くなっていった。


「すっかり遅くなっちまったな……。そういやどこ住みだ? それともホテル取ってるのか」
「あ、いえお気遣いなく。そこまで遠くに住んでないので」
「まあ知り合ったばっかの男に家知られんのも嫌か。一応連絡先教えるから着いたら報告しろ」
「えっ、そんなそこまでしていただかなくても」
「おれが気になる。飲ませすぎちまったしな」
「それは、自己責任ですから」

 教えろ遠慮しますの攻防が暫く続いて結局折れたのは私の方だった。

「じゃあ……着いたら連絡します」
「そうしろ」

新しく追加された名前にこっそりコラさん仲間と付け足しておいた。緩む口元は多分新しい推し友達と繋がれたから。たまには勇気を振り絞って声をかけてみるのもいいなあとバックから少し顔を出した団扇にプリントされているコラさんに笑いかけた。


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